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RESEARCH

研究業績詳細

論文
発表日:2024年7月25日

独占禁止法違反による罰金・課徴金と取締役の責任:会社に課された課徴金の取締役への転嫁の問題を中心に

目次

一 はじめに
二 独禁法違反行為による罰金・課徴金規定等の概要
 (一) 独禁法の課徴金規定
 (二) 独禁法の罰金規定と課徴金
 (三) 取締役の責任に関する会社法規定
三 裁判例の展開
 (一) 罰金が問題となった事例
 (二) 独禁法の課徴金が問題となった事例
四 学説分析
 (一) 罰金に関する学説
 (二) 課徴金に関する学説
 (三) 小括
五 考察
六 結語

要旨

本稿は、独禁法違反により会社に科(課)された罰金・課徴金について、取締役が会社や株主から損害賠償を請求された場合、会社法423条1項の責任を認めるべきであるのか否か、さらには、責任を肯定することを前提に、会社が支払った罰金・課徴金を取締役に転嫁することが適切であるのか否かを分析するものである。
独禁法は、金銭的不利益として、法人に対して罰金と課徴金、自然人に対して罰金を科(課)すことを規定している。特に課徴金は、近年の法改正により、ますます高額な納付命令が課され得る。
独禁法違反に対する罰金・課徴金は、主として法人に対して課すことが念頭に置かれているが、会社として罰金・課徴金を受け、その責任の所在が当該会社の中で問題になった場合、違反対象は法人ではなく、自然人もこれに加わることになる。すなわち、独禁法上は、法人への罰金・課徴金が、それを会社の損害として捉え、取締役の法令遵守義務違反と当該金銭的制裁との間に相当因果関係があることを認めることで、当該取締役に罰金・課徴金相当額を転嫁する、ということがあり得る。実際に、株主代表訴訟をとおして、会社が独禁法違反行為の存在を自認した範囲の課徴金について、その全額を取締役に転嫁することを認めた世紀東急工業株主代表訴訟事件が登場している。すなわち、独禁法上は対法人不利益であっても、結果として、対自然人不利益になる状況がある。
こうした状況について、取締役の責任を認めるべきか否か、関連する諸規定を確認した後、先例、学説の現状を分析した。その後、上記事件を中心に、この問題がどのように取り扱われるべきであるのか、ということを検討する。
その結果、まず、取締役の責任を正面から否定する裁判例はほとんどないことを明らかにする。また、損害賠償額の算定については、割合的因果関係が行われている裁判例を確認することができる。
学説について見ていくと、罰金については、二重処罰の問題や法人重科の観点から取締役へ転嫁することが難しいという学説が展開されている。しかし、現状、それを根拠として直ちに転嫁が否定されるべきという考えが広まっているわけではない、ということも確認することができる。
課徴金については、罰金のような二重処罰等の問題は相対的には低いため、課徴金を取締役に転嫁することへの理論的ハードルは小さいことを示す。また、取締役への転嫁を認めると、課徴金減免制度の利用に対するインセンティブと矛盾するという見解も存在する。しかし、そうした懸念は、基本的には小さいと考えられる。もっとも、より効果的な課徴金減免制度を構築するためには、立法として何らかの手当てを行うことも選択肢の一つと言える。
このように、会社への罰金・課徴金について、それを取締役に転嫁することは、結局のところ、それを否定するだけの明確な根拠がない状態と言える。そのため、法解釈としては、会社への罰金・課徴金に関して、取締役の責任を肯定し、当該罰金・課徴金を転嫁することで違反行為の抑止に繋げるべきものと考える。一方で、独禁法の課徴金については、非裁量的に計算され、上限額がなく、事案によっては、取締役の支払い能力を超えるほどに高額になることも確かである。世紀東急工業株主代表訴訟事件をもとにして、損益相殺や割合的因果関係等の観点から取締役の責任範囲を限定する方向性を模索するが、こうした考慮を経ても、やはり支払い能力を超える場合が出てくる可能性は否めないことが明らかにする。
また、役員等損害賠償責任保険契約、いわゆるD&O保険を利用することで、取締役の責任を軽減する方法もあり得ることを示す。しかし、違法性認識が容易な価格カルテルや入札談合を原因として会社が罰金・課徴金を支払い、それを取締役へ転嫁する場面で、この保険による取締役の金銭的負担の軽減は望めなさそうであることも明らかにする。また、現在の実務を見る限り、和解により現実的な支払い額に限定されて解決されているようであるが、それができない場合もあり得ることは考えておかなければならないと言える。
以上のとおり、本稿では、法解釈上は、会社が支払った罰金・課徴金を、取締役に転嫁することはできる、という立場を採った。しかし、取締役の責任を肯定することによって、損害賠償額が取締役の支払い能力を超えてしまうという現実的な懸念があることも示す。現状の解釈では、株主等から訴訟が提起されると、取締役に過度な負担を課すことになるという見方もできるため、立法(政策判断)によって解決されるべき問題かもしれない。すなわち、民事法上の問題と罰金・課徴金の問題を切り離さず、法秩序全体の観点から調和のとれた方向性を立法として導くことが望まれる。

Title

Fines and Surcharges for Violations of Japanese Antimonopoly Act and Directors’ Liability: Focusing on the Issue of transferring the Surcharge Imposed on the Company to the Directors

詳細情報

掲載誌 慶應義塾大学大学院法学研究科論文集 64
発表年 2024
ページ数 373-420